セントクロイの羊 |
コリデール種 上野動物園にて撮影 2003.02.18 |
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顔までもこもこ |
分厚い毛 |
上の写真はコリデール種というヒツジ。二十世紀のはじめにニュージーランドで作られた品種である。毛をとるためのヒツジなので毛が厚く、毛の表面から地肌まで優に
7〜8cm ある。
たいていの動物は、夏と冬で毛が生え替わるものだが、毛をとるためのヒツジは生えかわらず伸び続けるそうだ。そのため、年に一度、毛を刈り取ってやらなければならない。 |
セントクロイ種のヒツジ 上野動物園にて撮影 2003.02.18 |
上の写真はセントクロイ種といって、カリブ海のセントクロイ島で飼われている珍しいヒツジ。アフリカで飼われていたものが奴隷と一緒に船で連れてこられたものと考えられている。
セントクロイ種は肉をとるためのヒツジで、コリデールのような毛をとる品種とはちがいもこもこした毛(いわゆるウール)をほとんどもたず、ヘアと呼ばれる短い毛に覆われている。 しかも、この毛は生えかわる。冬になると、やわらかくもこもこした毛が生えてきて、この毛は春先になると抜け落ちる。犬や猫の毛がそうであるように、生えかわる時期には手で引っ張って抜くことができる。毛刈りの必要がないなら便利そうだが、採れる毛の量は少なく、質も大したことはない。 かつてヒツジはみなこうした性質を持っていたと考えられる。古代人は最初からヒツジの毛を刈り取って使っていたのではなく、生えかわる時期に手で毛を抜き取っていたのだろう。『山海経』の時代のヒツジも、そういったヘアヒツジ(獣毛ヒツジ)だったかもしれない。
日本では、江戸時代にヨーロッパから羊毛製品が盛んに輸入され、ヒツジの飼育も実験的に開始された。江戸幕府はヨーロッパに技術指導をたのんだがことわられ、仕方なく中国からとりよせたヒツジを使ったらしい。しかし、中国で飼われていた羊は、その当時でも肉をとるためのものだったから毛をとる目的にはそぐわない。計画は軌道にのらず、明治になるまで大規模な牧羊ははじまらなかった。 江戸時代に中国から連れてこられたヒツジがどんなものだったか正確にはわからないが、中国のヒツジがつい最近まで肉用だったというのは注目すべき点だと思う。 |
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