その他の羊たち |
カン
獣がいる。そのかたちは羊のようで口がなく、殺すことができない。名前をカンという。(南山経二の巻)--023
絵・文とも『山海経』より |
「口がない」とか「殺すことができない」というのは、絵にしにくい特徴だと思う。『山海経』がイラストに解説を加えた形で成立した本だとすると、羊の怪としてこういった特徴の生き物を取り上げるのは不自然に見えてしまう。
カンの殺すことができないという性質について、郭璞は「天地の気を受けて自然にそうなっている」とだけ書いている。わざわざ書いているところをみると、カンに類するものの伝説を知っていたのかもしれないが、残念ながら書かれていない。 考え方を変えてみよう。羊のようでというのは姿のことではなく、性質のことだとしたらどうだろう。『山海経』で羊のたぐいの挿し絵はみな短毛で、おそらくは食用にした羊だろう。すると、古代中国人は羊に食料としてのイメージを強く持っていたはずだ。さらに殺しても死なない生き物といえば…… 中国には息壌や視肉と呼ばれる不思議な物質の伝説が残っている。それはひとりでに増える土だとも、牛の肝臓のような肉塊で、食べてもなくならない生物だとも言われている。まさに殺しても死なない生き物だ。
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ハクイ
獣がいる。そのかたちは羊のようで九本の尾と四枚の耳を持っていて、目が背中についている。名前をハクイといい、身につけると恐怖心がなくなる。(南山経一の巻)--007
絵・文とも『山海経』より
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北欧やアラスカでトナカイを飼う人たちは、家ごとに違う形でトナカイの耳に切り込みを入れ、自分の家畜を見分けている。切り方によっては耳が四枚あるようにも見えるだろう。ハクイも耳に切り込みを入れられた家畜なのだろうか?尾が9本というのを拡大解釈して、尾が太い羊だと考えれば脂肪尾の羊とも考えられる。
しかし、よりにもよって背中に目とは、解剖学を無視したすばらしい造形だ。もうわけがわからない。 |
閭 (北山経に2回、中山経に6回)--152 |
本文には具体的な説明はない。郭璞は「閭はすなわち[羊兪]である。ロバに似てひづめが割れており、角はカモシカのようである。一名を山驢という」と書いている。[羊兪]というのは夏羊といって黒い羊のことだという。 |
蹄がわれている動物といえば、ヒツジ、ヤギ、カモシカ、ウシ、シカ、ブタ…などだが、ウシ以降のものをヒツジと混同するとは思えない。また、わざわざカモシカの角だと言っているので、一般的なカモシカとも違うのだろう。 郭璞はシンヨウについても「驢馬のよう」と書いている。近い種類の羊なのかもしれない。 カモシカの角という表現にあたるかは難しい問題だが、中国四川省やチベットに棲息するバーラルという野生羊がこれにあたるかもしれない。バーラルは全体に灰色かった茶色をしており、胸、脇腹、足に黒い斑文がある。真っ黒ではないが「黒い羊」と言えそうだ。 |
バーラル
ネパール、カシミール、モンゴル北部、チベット、中国四川省などの山岳地帯に棲息。 分類学的にはヒツジとヤギの中間に位置する生き物だといわれているが、古代中国の発想でいえばまちがいなくヒツジの仲間だろう。 |
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