三本足の牛

 
 これまでは、「牛」「虎」「人食い」というキーワードで『山海経』の中にひそむ鬼を探索してきたが、ここでは「三本足」「鉄」という言葉から、鬼を探してみようと思う。

 
ゲン
ゲン
ゲン

 山の南には金・玉あって、北には鉄があって水がない。獣がいる、そのかたちは牛のようで三本足、その名はゲン。名乗るように鳴く。(北山経三の巻)--208
 

絵・文とも『山海経』より

 
 
 ごらんの通り、ゲンは鉄の産地で見られる三本足の牛である。

 鉄の産地ということは、単純に砂鉄(もしくは鉄鉱石)の産地だったのかもしれないが、製鉄の盛んな土地だったとも考えられる。
 古代の製鉄法は、タタラと言われる足踏み式の鞴(ふいご)を使うものだ。映画『もののけ姫』にも出てきたので想像しやすいと思う。『もののけ姫』は室町時代のお話なので、タタラ製鉄の方法もだいぶ進歩して大規模になっていたかもしれないけれど、似たような製鉄法は紀元前からあり、はるかヒッタイト文明にまでさかのぼれるということだ。

◎たたらの話(日本金属株式会社)
http://www.hitachi-metals.co.jp/tatara/index.htm
 製鉄の歴史を詳しくまとめたページ。
 この方法で大量の鉄を作ろうとすれば、何日も交代で鞴を踏み続けねばならず、足を痛める人が多かったはずだ。鉄の産地にすむという三本足の牛は、タタラ場の民を象徴していると考えられないだろうか。

 では、なぜゲンは牛の姿をしているのだろうか。
 前のページにも書いたが、野生の牛は人の手に負えないものだが、人は野牛を飼い慣らし、すっかり温厚な生き物にしてしまった。牛という生き物は、「強大な力を制御する」ことの象徴なのだと思う。そう考えると、灼熱の炎をあやつり鉄を作り出すタタラ場の民を牛にたとえるのは、ごく自然な発想ではないだろうか?


 
 
 ところで、珍獣様は日本のオニの原種が『山海経』にも必ず記録されていると考えている。

 倉本四郎氏の『鬼の宇宙誌』によれば、日本の仏教寺院で見られる地獄絵図が、タタラ場のイメージと重なるという。タタラ場の熱気は灼熱地獄そのものであろうし、髪をふりみだし、すごい形相をして鞴をふむ人たちは、赤ら顔のオニによく似ている。また、地獄絵図の鬼が持つ金棒は、まさに鉄から作られたものだ。この世のものとは思えぬタタラ場の厳しい環境から、地獄絵図のイメージが生まれてきたのではないかというわけだ。
 オニといえば牛の角がつきものだ。もしやゲンもオニと関係が?
 

地獄絵図地獄絵図
 この図は、12世紀の半ばごろに作られた『地獄草子』を参考にして描いたものだが、この草子に出てくるオニには角がなく、虎皮のふんどしも身につけていない。日本でオニというものと、ウシ・トラのイメージが重なったのは、わりと新しい時代だとも言われている。

 『山海経』に出てくるゲンが、日本のオニと直接つながっているとはいわないが、はるか古代の中国で鉄と牛が結びついたように、日本でもまた同じことが起こったとも考えられる。チンパンジーはヒトの祖先ではないが、同じ祖先を持つ仲間と考えられるように、ゲンとオニも同じイメージから生まれた同類なのかもしれない。


 
 四足の牛だから一本へって三本になるが、これが人型なら一本足というと言うべきところだ。『山海経』には、金属と関係した一本足の人も登場する。
 さらに鬼を探す旅に出るなら↓を読み進めてほしい。

一つ目 一本足一本腕の民

このまま牛の怪について読むなら次のページに進んでください。


 

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