セイセイ
精々

 獣がいる。そのかたちは牛のようで馬の尾を持ち、名前は精々。鳴くときに自分の名前を呼ぶ。(東山経三の巻)--253
 

『山海経』より

 
 ウシの尾は先だけが房のようになっていて、ウマの尾は根元から房のようになっている。精々はウシなのにウマの尾をもっているという。しかし、これだけでははっきり何とはいいにくい。

 強いていえばヤクのような長毛種のウシなら尾のつけ根から長い毛が生えていて馬のような尾と言えそうだ。
 

ヤクヤク(ウシ科)
 チベットの山岳地帯に棲息する野生のウシ。荷物の運搬や、毛をとるために古くから家畜化されている。野生種は絶滅の危機に瀕している。

 鳴き声にも注目してみよう。前のページで紹介した領胡と同じく、精精もまた名乗るように鳴くウシなのだが、「精」の現代北京語の発音はチン jing なので、やはりウシらしくはない。

 しかし、これが鈴の音だとすれば、チンチン鳴るのは自然なことである。山岳地帯で荷物運び用に使われているヤクにつけられた鈴の音を鳴き声として紹介しているのではないだろうか。このあたりは中国語に堪能な方の意見を聞きたいところだ。


 
 
 ボウギュウ
旄牛
 獣がいる、そのかたちは牛のようで四つの節に毛が生えている、名は旄牛。
(北山経一の巻 他に、西山経一の巻 北山経一の巻に1回ずつ名前だけ登場)
--060,137,140
 リ
リ(中山経八の巻)--359
『山海経』より

 
 旄、リ、ともに毛の長いウシを表す文字である。普通はヤク(からうし)と訳される。

 すでに述べたとおりヤクはチベットやヒマラヤで飼われているウシだが、背中から膝のあたりまで長い毛におおわれているのが特徴。『山海経』にあるように四つの節(膝)にだけ毛が生えるということはない。

 郭璞もその点が気になったようで「現在の旄牛は全身に毛がある」と注をつけている。
 

 マルコ・ポーロの『東方見聞録』にもヤクと思われるウシの記録がある。

 シリンジュー(西寧州)にはゾウほどの大きさをし、見た目にとても立派な野牛が多数に棲息する。この野牛は背中を除いて全身が長毛で覆われ、白色のものと黒色のものと二種類がある。その毛の長さは三スパンで、絹糸のような見事さである。
 マルコ氏は珍奇な品だとしてその毛を少しヴェニスに持ち帰ったが、見せてもらった人は異口同音に稀代のしろものだと断じた。この野牛は全く美しく、これを見かけた人々なら誰も驚異の目を見張らずにはいられない。
 土人はこの牡牛を馴養しているが、それはまず野生のを捕獲し飼育するのであって、既に飼い慣らされた野牛の数は莫大である。馴養されたこのウシは駄獣として使用される。土人はこれに荷をつけて働かせているが、普通の牡牛二等分の仕事をするし、またそれだけの力を持っている。(平凡社・東洋文庫『東方見聞録』より)
 西寧州というのは唐の時代にチベットにおかれた州の名前だ。ヨーロッパでは毛の長いウシがよほど珍しかったのだろう。マルコが持ち帰ったヤクの毛を見て驚く人々の顔が見えてくるようだ。
 
 
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