ロク
魚がいる、そのかたちは牛のようで陸に住み、蛇の尾をもっている。翼があり、その翼はわきの下にはえていて、まだら牛のような声で鳴く。その名はロク。冬にはかくれ、夏になると現れる。これを食べれば腫病にならない。(南山経一の巻 柢山) 絵・文とも『山海経』より
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説明通りに想像するといかにもインチキくさい。そのため山椒魚のイメージが怪物化したのだろうと言う人もいるけれど、それにしては特徴が違いすぎる。わたしはむしろ怪物っぽい部分にロクの正体を知る手がかりがあると思う。
翼といっても鳥のものだとは限らない。虫にもコウモリにも生えている。また「翼」という文字は飛ぶための器官を意味するほかに、左右対称に広がっているもののことも表す文字なので、魚の胸ヒレなども翼というのだ。現に山海経には「魚の翼」という表現が何カ所か出てくる。 さらに「わきの下」とは腕(胸ヒレ)の下という意味ではなく、鳥の翼が背に近いところについているのに対して、この生き物の翼(胸ヒレ)は腹側についているという意味だとすれば……? 魚だが陸棲で牛のような体(つまり獣)というのだから、水棲の哺乳類だろうと思う。アザラシ・オットセイ・アシカといった鰭脚亜目の海獣類ならロクの特徴にぴったりくる。彼らは、泳ぎが上手で何時間も水中ですごすし、海岸で日光浴していることも多い。魚としての特徴を充分にそなえている上に陸で暮らすのだ。
わたしは、オットセイについて書かれた中国の古い文章を読んで、不思議なことに気が付いた。 たとえば、陳蔵器という人は、オットセイはチベットあたりに住んでいる陸の獣だと言い、「その形状は狐に似て大きく、尾長く……」と書いている。 また別の人が書いた『臨海志』という本には「東海の水中に産する。その形状は鹿の形のようで、頭は狗に似て尾が長い」と、やはり尻尾の長い生き物だと書かれている。 どちらの文章でも 尾が長い と明記しているのだ。これには理由があるのではないか? 実は、オットセイやアザラシなど、鰭脚亜目の動物は昔からある部分を薬として利用されていた。それは万病に効くと言われ、特に精力回復剤として大変な効き目があると言われている。かの徳川家康もこれを愛用したと言われている。
『山海経』ではロクの効能に精力回復作用をくわえていないが、『日華子本草』という中国の古い医学書には、オットセイやアザラシを食べれば腹にできるしこり(腫瘍の一種)が治ると書かれている。ロクもやはり「食べれば腫病が治る」のだ。
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ところで、薬としての「膃肭臍」は、本当にオットセイだったのだろうか?
人に鰭脚亜目の動物を何種類か見せて「どれがオットセイでしょう」とたずねて、正しく答えられる人はあまりいない。みんな同じ様な流線型の体に、ヒレのようになった手足がついている似たような体つきの生き物だ。古代の人が厳密に見分けていたとは思えない。 せっかくだから、鰭脚と呼ばれる動物のについて、大ざっぱにまとめてみよう。 まず、鰭脚亜目の動物はクマのような動物から進化したグループと、イタチのような動物から進化下グループに分けられる。 |
アシカ科とセイウチ科 アシカ科の多く中部太平洋に棲息するが、オットセイとトドは樺太など北のほうで繁殖する。中国人が目にしたとすれば、オットセイかトドだろう。 セイウチも、シベリア・アラスカ・グリーンランドなど、北の海に棲息している。しかし目立って長い牙があるのでアシカやアザラシと混同されることは少ない。 |
アザラシ科 中国人が目にした可能性があるのは、漫画『少年アシベ』で有名になったゴマフアザラシなど、北半球に分布する仲間だろう。この仲間は海だけでなく、バイカル湖やカスピ海など、海から切り離された湖に住んでいる種類もいる。 |
オットセイ(アシカ科)
オットセイというと、水族館で芸をしているイメージがあるが、芸をするのはカリフォルニアアシカなどが大部分だ。 |
ゴマフアザラシ(アザラシ科)
日本近海では一番多く見られるアザラシ。子供の頃は純白の毛に覆われており、毛皮を目当てに乱獲された。 |
このとおり、アシカ科・セイウチ科・アザラシ科の生き物は世界に広く分布しているので、どれも中国人の目にふれた可能性が高いが、特に中国近海で見られるのはアザラシだという。薬の材料にされたのも、主にアザラシが多かった。
しかし、アザラシの胸ヒレは翼と言われるほど発達してはいないし、ロクはどちらかというとアシカの仲間のように思える。中国近海にいなくとも交易で手に入れることはできるので、結局はアシカもアザラシも、中国人の目に触れただろう。 北海道のアイヌ人は丸木をくりぬいて作った小さな船で大陸に渡り、古くから交易していた。商品にされたのは主に山や海でとった獣で、もちろんオットセイも含まれていただろう。 ちなみに、オットセイのオットは、アイヌ語の「オンネ」が中国語訛したものだという。これは「年寄りな」というのがもとの意味らしい。そういわれてみれば、鰭脚たちは立派なヒゲを持っているものが多く、海に住んでいる老人という風情かもしれない。 萱野茂の『アイヌ語辞典』によれば、特にオットセイのことを言うばあいは「ウネウ」というそうだ(ただし、動植物の名前は地方によって差があり、何種類も呼び名がある場合もある)。 |
アザラシ・オットセイの関連項目
ホウ魚 参考画像
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☆参考
中国の古い本に書かれたオットセイについての記述。出典も書きたかったが著者も書名もJIS規格に入っていない文字が多くて大変なので省略した。保育社の「原色和漢薬図鑑」の海狗腎の項目を読むと全部出てくるはずなので興味がある方は参照してください。 「オットセイというのは新羅国の海中の狗の外腎であって、それを臍が著いているままで取る」 |
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