梟陽国人 キョウヨウコク   
梟陽国人 
 梟陽国は人面で長い唇、黒い体に毛がはえており、踵は反対に反りかえっている。人が笑うのを見て笑う。これを捕らえるには左手に竹の管を持つといい。 (海内南経)--559

カンキョ
カンキョの人
 南方にカンキョの人がいる。人面で長い唇、黒い体は毛におおわれていて、踵が反りかえっている。人が笑うのを見て笑うのだが、笑うと唇が顔を  おおってしまうので、出会ってもすぐに逃げ出せる。(海内経)--800

 文・図版とも『山海経』より


 
 
 海内南経と海内経で呼び名が異なるが、その特徴からして同じものの記録であることがわかる。『山海経』の作者は辺境の小数民族のように紹介しているが、その性質からいってサルの一種ではないかと思う。

 郭璞は『周書』や『爾雅』を引用して狒狒という動物ではないかと言っている。
 狒狒は交州南康郡(現在の江西省)の深山にはどこにでもいて、身長は一丈ほどで反踵で脚力が強く、髪をふりみだした姿でよく笑うという。州靡という異民族の国がこの獣を献上した記録があるという。また狒狒のメスはなんらかの方法で汁を作り、これを飛ばして人間にぶつけると、あたった人間は必ず病気になるという。土地の人はこれを山都と呼んでいる。
 『捜神記』にも「廬江の高山には山都がいる。人間に似るが裸で、男女の別があり、いつも暗いところにいる」と書かれているが、同じものだろうか。

 似たような生き物の記録は様々な本の中に見られる。

 梟羊は人喰いで口が大きい。人を捕らえると喜んで笑い、その時に唇がむくれあがって顔を覆う。そうしてしばらく笑ってから人を喰う。この生き物を退治するには、竹の筒を作って腕にはめ、待ち伏せする。梟羊が竹筒にかみついたら手をひきぬけばよい。弱点はめくれあがった唇で、額をおもいっきりぶつければ倒れるという。(『異物志』)

 建武年(494〜497)に、リョウ人(荊州西南部の民族)が帝に狒狒のつがいを進呈した。帝の質問に答えてリョウ人がいうには「これをとらえるには竹筒に腕をさしいれ、その眼前につきだす。すると狒狒は上唇で目を覆って笑うので、筒から手を抜き、錐で上唇を額に突き刺せばよい。狒狒の頭毛はかつらによく、血は染料に用いる。その血を飲めば鬼神を見るようになる」と。(『本草綱目』)

中国の地図
 出てくる地名は赤い丸でしめしたあたりに集中していることから、この地方に棲むなんらかのサルについて説明したものだろうが、残念ながらこれだといえるような決め手がない。
 あらためて特徴を整理してみよう。
・唇が長い
・良く笑う
・体が黒い
・踵が反り返っている(反踵)
・竹の筒を使って捕らえる
このうち、唇が長いこと、良く笑うことは、サルが敵を威嚇するときに見せる表情のことだと思う。
 上野動物園にイノスケという名前のマンドリルがいた。上野のマンドリルは人と手の届きそうな距離で展示されているので表情がわかりやすいのだが、まっすぐ顔を見て歯を見せてわらいかけると、イノスケも歯をむいてよく笑った。園内でガイドをしている専門家によれば、笑っているのではなく、威嚇しているのだということだった。これはイノスケ(マンドリル)特有のことではなく、多くのサルがこのような威嚇の表情を見せるという。
 また、ある種のサルは威嚇の表情をするとき、上唇をめくれあがらせることがある。口の中の鮮やかな色を見せることで相手をビックリさせようというわけだ。オランウータンがこの表情をよくするが、他のサルもするのだろうか?

 竹の筒を使って捕らえるというのも興味ぶかい。前のページでショウジョウに下駄を与えて捕まえる方法を紹介したが、どこか似た趣を感じる。
 

 「踵は反対に反りかえっている」というのは高馬三良氏の訳による。原文では「反踵」で、前野直彬氏は「足首が逆についている」と訳している。
 オランウータンやテナガザルのように樹上生活をするサルは、岩山を駆け回るサルとはちがって足が手のひらのようになっている。人の足は固く、爪先(つまさき)や踵(かかと)が常に同じ方向を向いているが、彼らの足はとても柔軟で、時にはひん曲がって付いているようにも見えるだろう。
 

口をあけて威嚇するオランウータン  オランウータンなどのサルが、歯をむき出して敵を威嚇する時は、なぜか笑っているようにも見える。

 
  そう考えると、梟陽国の人はショウジョウとおなじくオランウータンではないかと思える。
 しかし、オランウータンはボルネオ島やスマトラ島の生き物だ。『山海経』の成立を二千年前として、その頃はもっと広域に棲んでいたかもしれないけれど、先にしめした地図のような場所に当たり前のように棲息しているというのもおかしい。
 やはり決め手にかける。

 

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