一角獣
 
 
 
カンソ カンソ
カンソ

 獣がいる。そのかたちは馬のようで、一本角、金を焼き付けたような色をしている。名はカンソ。火をふせぐのによい。(北山経一の巻)--126
 
 
 

絵・文とも『山海経』より
 

 
 
 金を焼き付けたような色という部分は「錯」という文字であらわされている。高馬三良氏は「鍍金(めっき)」と訳しておられるが、前野直彬氏は郭璞の注に従って「鱗甲に覆われている」という説をとっている。

 火をふせぐというのは、火よけのまじないに使えるという意味らしい。火を消すものといえば水なのだが、次に紹介するボツバは水に棲むという。

 
 
 
ボツバ
ボツ馬

 水中にボツバが多い。牛の尾で白い体、一本角、その声は呼ぶよう。(北山経二の巻)--158
 

絵・文とも『山海経』より
ボツ馬
 
 
 白馬で一本角、ウシの尾。つまりウマのように付け根から房になっているのではなく先の方にだけ長い毛が生えているということだろう。
 「呼ぶ」ような声とあるが、呼という字は虎に発音が通じるため、トラのような声と取る説もある。
 

 

駮 ハク
駮
 獣がいる。そのかたちは馬のようで白い体、黒い尾、一本角、虎の牙と爪があり、太鼓のような鳴き声。その名前は駮といい、これは虎や豹を食べる。剣難をふせぐのにもよい。(西山経四の巻)

 また獣がいる。その名前は駮といい、かたちは白馬のようで、鋸のような牙で虎や豹を食う。(海外北経)

絵・文とも『山海経』より
 

 
 
 これまた白馬で一角、太鼓のような声とある。ボツバの呼ぶような声をトラのようだと解釈するなら、駮の太鼓のような泣き声と一致するように思う。

 また、こんな生き物もいる。

 
 
 
挿し絵はありません

 ジは瞬帝を葬った山の東、湘水の南にあり、そのかたちは牛のようで蒼黒く、一本角。--560  

(海内南経)
文は『山海経』より
 
 
 一本角のウシである。ウマではないが、蹄を持つ動物という点では一致していると思う。

 ジ牛はスイギュウの一種とも言われる。郭璞はジ牛を「一角で青く重さは三千斤(約 1 トン)」と書いている。

ジ牛
ジ牛『大字源』より
 
 1 トンと聞けば大きいような気もするが、ホルスタインでも 1 トンくらいになるというから驚くほどの大きさではなさそうだ。

 となると、ただのウシともとれるが、一本角のウシというのはいないので、別の生き物のイメージが混ざっているのだろう。

 蹄があり、一本角で大きな生き物といえばサイのことではないかと思う。アフリカにいるクロサイやシロサイには角が二本あるが、インドサイやジャワサイといったアジアのサイは一本角である。

インドサイ インドサイ
 インドのアッサム・ベンガル地方に棲息。水辺に棲み、泥あびを好む。体重は 2700Kg にも達する。
 
 
 
 
 中国では、サイの角を薬として利用していたから、その存在は広く知られていたことだろうと思う。しかし、通常は角の部分だけを外国から輸入して使っていただろうし、本物のサイを見たことのある人は少なかったはずである。

 角があり、蹄のある大きな生き物だと聞けば、ウシのようなものを最初に想像するだろう。そのうち、太ったウシのようなものに角をつけただけの生き物になり、やがてはカンソやボツバのような一本角のウマになったのではないだろうか。
 

 そのイメージが中国だけで生まれたものかどうかわからないが、ヨーロッパにも共通のものがある。ユニコーンのことだ。

  
 ローマの博物学者プリニウスはユニコーンについてこう書いている。
 インドでもっとも獰猛な動物は一角獣で、これは体のほかのところはウマに似ているが、頭は雄ジカのようで、足はゾウに似ており、尾はイノシシに似ていて、深い声でほえる。そして額の中央から突出している二キュービットもの一本の黒い角を持っているという。この獣を捕獲することは不可能であるという。(『博物誌』より)
 一本角であることはもちろんだが、深い声というのは太鼓の音やトラの声と一致するように思えるし、尾がイノシシのようだというのは、ようするに馬のようでありながら馬の尾ではないと言いたいのだと思う。ウマでありながらウシの尾だというボツバの特徴と一致する。
 また、プリニウスは一角獣の足がゾウのようだと言っている。ゾウにも蹄はあるがウマとはまるで違っている。ウマは蹄に体重をかけて立っているが、ゾウは足のまわりに爪があるだけで、蹄で立っているとはいえない。サイの足も同じような特徴を持っている。 サイとゾウのひづめ
サイ(左)と象(右)の足
 このように、プリニウスが記録した一角獣にはサイの特徴がまざっている。

 逆にサイについてどんなことを書いているかというと「鼻の上に角が一本ある。体の長さはゾウと同じくらいだが足は短い」「インドには中の詰まった蹄、一本角のウシがいる」と書いており、今度はウシが混ざってしまっている。

 どうも、サイとウシは切っても切り離せない縁らしい。そして、一角獣とサイもまた切り離せない関係である。

 
 
 ところで、一角獣の正体として、もうひとつ紹介しておきたいものがある。
 それはイッカクと呼ばれるクジラの一種で、オスのイッカクには左の前歯がねじれながらのびる性質がある。あくまで歯であって角はないが、長いもので三メートル近くになるというから、出っ歯もここまでくれば立派なものだ。

 イッカクは北極海の陸地に近いところに棲んでいて、時には川をさかのぼって内陸部にも現れると言う。しかし、主に大西洋側で目撃される生き物のようだから、『山海経』の時代の中国人がこれを知っていたかどうかわからない。

 しかし、イッカクの前歯はヨーロッパで一角獣の角と信じられていたことは確かである。サイの角と同じように薬として珍重されていたそうだ。

イッカク
イッカク
 鯨やイルカとおなじく海棲の哺乳類。北氷洋の陸に近いところに棲んでいて、川をさかのぼって内陸に現れることもある。角のようなものは左の門歯がねじれながらのびたもので、普通はオスにしかない。まれにメスにも「角」があったり、左右の門歯がのびて二本角になった個体も発見される。
 角がある獣といえば、鹿でも牛でも羊でも、みんな蹄を持っている動物だ。イッカクの前歯を角と思いこんだ時から、馬のような生き物を誰しも想像したことだろう。
 
 
 チベットに棲息する角の長いカモシカも一角獣の正体として見逃せない。真横からみると角がかさなってみえるため、カモシカが一角だと信じられていたこともあるようだ。カモシカについては、牛の怪・レイとジを参照してほしい。

 また、山羊などには時に角が一本しかないものが実際に生まれることがある。近年ヨーロッパのサーカスで大人気だったユニコーンは山羊の奇形だった。

 このように、イッカクやサイなど噂でしか知りえない未知の動物や、角に異常を持って生まれた生き物のイメージが重なって生まれた生き物が、やがて西洋に伝わってユニコーンという生き物が誕生したのではないだろうか。

 
 
 
 ついでなので、犀についても軽く取り上げておこう。『山海経』にも犀(サイ)という生き物が何度か出てくる。名前だけで本文はない。郭璞は『爾雅』という中国最古の辞典から引用してこう書いている。
 犀は水牛に似て、猪頭で短い足。足は象に似て三つの蹄。腹が大きくて黒く、三本角で、ひとつは頭の上に、ひとつは額の上に、もうひとつは鼻の上にある。鼻の上の一本は小さく、長くはない。
 角が三本あるサイはいないが、東南アジアのスマトラサイは鼻の上に一本、額に一本の二角で、頭のてっぺんがでっぱっているのを角と解釈すれば三本角といえるかもしれない。
犀の土偶(漢代) 犀の土偶
 漢の時代に作られたもので三本角で足の太い馬のようにデザインされている。
 漢の時代といえば『山海経』の成立と同時期か、少し後の時代になると思うのだが、この時代の犀のイメージは、大体こんなものだった。
 
 『山海経』ではインドサイのような一角のサイを一本角の馬として記録し、スマトラサイのような二角のサイを犀として記録していたのだろうか?
 
 
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